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コーギーのむーちゃんのブログ
by inzei_com3
メモ帳
Pembroke Welsh Corgi

2002年2月8日(金)
北海道旭川生まれ
北陸の金沢育ち

2011年5月1日(日)
9歳の生涯を全うしました。
家族のみんなに愛されて、
世界中の方々に愛されて、
とても幸せな生涯でした。




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  ベテランボランティアの方々、頑張って下さい

2011年 03月 18日


今回の大災害で被害を受けた方々に、心からのお見舞いを申し上げます。

また、亡くなられた多くの方々の御冥福をお祈りいたします。



発生から一週間が過ぎました。当日亡くなられた方の初七日も過ぎました。

テレビを見ていると心が痛みます。

もちろん、悲しみを共有することは、とても大切です。

しかし、被害に遭わなかった私にとって、それだけでは、日本復興への原動力のほんの一端でも担うことはできません。

頑張って仕事しなくては。そして、元気を発信できるものなら、、、。



 




 

Every cloud has a silver lining.

直訳「すべての雲には銀の裏地がある。」

=「どの雲の裏側にも、太陽に照らされた明るい部分がある。」
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「ロングマン英英辞典」によれば、

used to say that there is something good even in a situation that seems very sad or difficult

むーちゃんパパが直訳すると、
「とても悲しかったり、とても困難に思われる状況においてでさえ、何かいいことはある」と言われている。





実は、数年前、NHKのラジオ第2放送の英会話の番組で、遠山顕(とおやま けん)先生が話されていたのを聞きました。

silver liningの直訳は「銀の裏地」ですが、雲の暗さと比較して、「明るい希望の光」という意味もあるそうです。

「どんな絶望的な状況でも、必ず希望はある。」というような意味のことわざとして用いられているそうです。

希望を持って、日本全体で頑張っていきたいものですね。






余震が不安でたまらない方がいらっしゃったら、次の記事が何かのお役に立てれば幸いです。

「むーちゃんのブログ3:余震」
















 [ 3月16日の夜、NHKのラジオで聞いた話 ] 
話していた方は、1993年7月12日に起こった北海道南西沖地震の直後に奥尻島に行かれたそうです。
フェリーには、何十人かの大学生も乗っていたそうです。
大きなリュックを背負っていたので、中身を尋ねると「衣類です」とのこと。
しかし、よく聞くと、「本人の衣類」だったそうで、その方はあきれてしまったそうです。
さらに、役場に着いた時のこと、、、。
奥尻島のような小さな役場には、職員の人数も多くありません。
その役場で、先ほどの大学生の集団が職員と話していた内容は、、、。
「ボクたちの寝るところは、どこでしょうか。食事は、どこでいただけるのでしょうか。」
その方は、もうあぜんとしてしまったそうです。
こういう人たちのことを、「あえて言わせてもらえば足手まとい」と言われていました。



たしかに、気持ちはわかるのですが、「ボランティア」ということそのものが、全然わかっていない初心者だったのでしょうね。現場に迷惑をかけるのは、ボランティアとしては失格かも。





この話を聞いていて、昔のことを思い出しました。
1997年(平成9年)1月2日(木)に発生した、ナホトカ号重油流出事故の時のことです。
この時、むーちゃん県の海岸にも、大量の重油が流れ着きました。
むーちゃんママは、当時小学生の長女と次男を連れて、ボランティアで重油の清掃作業に。
行く前に、係の人に言われたことは。
「帽子、マスク、ビニール製の使い捨て合羽、ビニール手袋等は、各自で用意してきて下さい。汚れてもいい服装で、捨ててもいいゴム長靴を履いてきて下さい。」
つまり、「ボランティア」というのは、ただの「労働の提供」ではないのです。
経済面も含めて、ある程度のリスクを自分で背負った上で、それでもやるという人だけがボランティア活動に参加するものなのです。


以前の記事にも書きましたが、その後、長女はハリケーン・カトリーナの復興ボランティアでニューオーリンズに行ったり、メキシコの孤児院を慰問したりするようになりました。
ハリケーン・カトリーナの時は、ハリケーンに襲われてから半年以上経過していたにもかかわらず、町はまだ大変な状況でした。
それを思うと、今回の災害の復興にも、かなりの月日を必要とするのかもしれません。







 [ 3月16日の夜、NHKのラジオで聞いた話の続き ] 
その後、1995年1月17日(火)に発生した阪神淡路大震災をはじめとして、2007年3月25日(日)の能登半島沖地震、2007年7月16日(月)の新潟県中越沖地震、といくつもの災害の援助を通して、ボランティアの方々もかなり進化されたそうです。
そしてベテランの方が増えていったそうです。


また、今回の災害は、地震+津波+火事+原発という4つが一度に重なったものなので、従来の防災マニュアルの想定外だと言われていました。
これまでの防災マニュアルは役に立たないから、現場に即応して、しっかり対応するべきだと。
つまり、阪神淡路大震災の時は義援金がとても役に立ったけれど、今回は、その時その時で考えながら対応していかなければならないと。
















次に、先日読んだ[ やふーのニュース ]です。


 [ 「寒さしのぐ燃料ない」=ガソリン不足深刻に—我慢限界、暴動懸念の声も(時事通信 3月16日(水)17時23分配信) ] 
 東日本大震災で、被災地の燃料不足が深刻になっている。宮城県の太平洋沿岸では大津波で貯蔵施設やタンクローリーが流され、外から運ぶための道路や港が損傷。重機や救急車両の運行に支障が出て、多くの遺体を火葬する燃料も当てがない。燃料不足は寒さに震える避難所や市民生活も直撃。「支援はいつ来るのか」。被災者は焦燥感を募らせている。
 「ガソリンがありません。今晩をしのぐには50リットル要ります。ぜひ皆さんの車から提供を」。厳しく冷え込んだ15日午後、同県南三陸町の避難所にまとめ役の高橋長泰さん(57)の声が響いた。暖房機を動かす唯一の発電機の燃料はわずかとなり、ボランティアで来た男性が即座に予備の燃料を提供。避難中の年配の女性も「津波でひっくり返った車から使って」と申し出た。
 16日は雪に。集めた燃料で何とかしのいだ。津波で多くの同僚を失った町役場職員佐藤宏明さん(41)は「きょうは運よくボランティアの支援が届いた。行政からの支援は一滴もない。定期的補給がなく不安だ」と話した。
 仙台市郊外にある遺体安置所は、車でしか行けない。ガソリンが切れる寸前の車で訪れた鈴木信義さん(70)は、津波に妻きよ子さんをさらわれた。市内の給油所は在庫切れで閉まったり、緊急車両限定だったりと入手は困難だが、身元確認の作業は進まない。「何とかガス欠の中来たのに。きょう見つからなかったら、あす遺体が見つかっても来られない」といら立ちを隠さない。
 給油所に続く長い車列に並ぶ男性は、福島第1原発事故に触れ、「他県の親戚宅に逃げようにも車が動かない」と話す。給油量や順番をめぐり小競り合いが起きたり、救難車両を装った車が専用の給油所からガソリンを入れるトラブルも起きた。「我慢や譲り合いも限界。暴動が起きてもおかしくない」。県幹部は切実な口調で対策を訴えた。


 




政府は、「ボランティアは、現地で混乱を起こすおそれがあるから、行かないで」といいます。
それは、上記の奥尻島の時のような、初心者のボランティアの場合、確かにそのとおりだと思います。
むーちゃん県でも、まだボランティアの募集は始まっていません。


しかし、この[やふーの記事]に、「ボランティアで来た男性が即座に予備の燃料を提供。」とあります。
また、「運よくボランティアの支援が届いた。行政からの支援は一滴もない。」ともあります。
15日の時点で、すでにボランティアの方が頑張っているのです。
もちろん、初心者ではなく、ベテランの方に違いありません。



15日に、ベテランボランティアの方から直接聞いた話では、すでに、ベテラングループは活動しているとのことでした。
ベテランの持ち物は、車、予備のガソリン、テント、寝袋、自分の食料と水、、、。
被害の大きかった名取市の閖上中学校でも、炊き出しのベテランが炊き出し用具一式をもってすでに現地入りし、炊き出しをおこなっているとのことでした。
一般の自治体の職員では、人数も少なかったり慣れていなかったりして、炊き出しまで手がまわらなかったりするようです。
避難所は、やはり、こうしたベテランボランティアの方々によって支えられている側面もあります。

ひょっとしたら自分の命に及ぶかもしれないリスクを背負ってまで、災害発生直後に現地入りして活動している方々がいる。
そういう方々にエールを送りたいものです。















16日、17日と、真冬並みの寒さが続いています。

むーちゃん市も雪が降りました。

でも、むーちゃんは元気です。
















ボクは、むーちゃんなのだワン。

ボクは、元気なのだワン。
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いま、お散歩から帰ってきたのだワン。
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ムフフ〜。
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ペロリンコ。
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ワーイ!
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それっ!
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元気パワーなのだワン!
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避難している方々のために、早く、暖かい季節が来るといいのだワン〜。

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by inzei_com3 | 2011-03-18 00:34 | 地震
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